阪神淡路大震災から30年
2025年1月17日
こんにちわ。代表の天清です。
阪神淡路大震災が起こってから30年が経ちました。
私自身、震災を経験した年齢が3歳でした。
正直震災の記憶は一切なく、テレビから流れる映像や父親や母親、私より一回り二回り上の方から聞くお話でしか触れてきておりませんでした。
なので震災の話を聞いても少し自分事のように捉えて来れなかったように感じます。
そして2024年1月1日に能登半島地震が起きました。
正直まだこの時も日本の何処かの地域で地震が起きて大変だなとか、被災地の為に行動が出来てませんでした。
会社経営をしてきて、自分一人ではなく色んな方々にお声を頂き、助けられてきました。
次は自分達が何か少しでも役に立てる事はないかと考え弊社の役員、社員と一緒に輪島市へ足を運ばせて頂きました。
今までテレビや話でしか聞いて来なかった光景を目の当りにしました。
2階建の家が1階部分は潰れてしまい近寄るのも恐い位ぐちゃぐちゃで、高層のホテルは横に向いて倒れていたり言葉では伝えきれない程、
変わり果てた姿になってました。
役員、社員と見て感じた事を全社員に伝え何か日越で出来る事はないかと考え災害地域の業者様ご協力もあり、災害復興に関わらせて頂く事を決めました。
阪神淡路大震災から全国の皆様のご協力があり少しずつ生活が出来る普通の暮らしを取り戻せきたと思います。
これは全国からの支援があったから普通の生活を一日でも早く取り戻せたのだと思います。
だからこそ私達日越が出来る事は、被災された方々に一日でも早く普通の暮らしに戻って頂く為に全力を尽くす事が、社会の貢献に繋がる第一歩だと強く感じております。
このように感じれるのも、弊社を快く受け入れてくれた業者様、そして現場で頑張ってくれている社員さんがいてるからです。
この災害復旧に関わらせて頂き社員さんからも、築かされる大切な事がたくさんあります。
画像にもある社員の言葉。すごく思いを持って取り組む社員さん達に感謝とこんな社員さんの代表者であることが誇りです。
頑張ろう能登!!